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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)128号 判決 1976年11月19日

原告 安藤元雄 ほか一四名

被告 内閣

訴訟代理人 伴喬之輔 玉田勝也 中村均

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号)別表第一、同法附則第二項、第七項ないし第一一項に基づいて第三四回衆議院議員総選挙を施行してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二原告らの請求原因

一  原告らは、神奈川県藤沢市又は茅ケ崎市に居住する選挙権を有する国民であり、昭和五一年内に実施が予想される第三四回衆議院議員選挙において神奈川三区の選挙人となる地位にある者である。

二  被告は憲法第三条、第七条第四号等によつて、衆議院議員総選挙に施行につき決定権を有する者である。

三(一)憲法は、第一四条において一般に法の下の平等について規定するほか、特に選挙について第一五条第一項、第三項、第四四条等において平等選挙を保障している。憲法が保障するものは、累積投票制、納税額による選挙権の差別等、選挙権それ自体、あるいは投票の実質的価値を不平等にするが如き「選挙制度」の排斥にとどまるものではない。これらの「制度的差別」ともいうべきものが現存しない現在において、むしろ選挙の平等は、「結果価値の平等」-すべての投票が選挙の結果に平等の影響をもつべしとする原則-を最も重要な内容として含み、この原則が憲法の保障する法の下の平等の当然の要求というべきである。

右の結果価値の平等、すなわち投票価値の平等が、憲法上の要請であること、したがつて、この平等を害するに至つた定数配分方法は違憲、違法であることについては、最高裁判所(昭和五一年四月一四日大法廷判決)の容認するところとなつている。

この投票価値の平等は、「すべての国民は法の下に平等である」と定めた憲法第一四条の要請に直接基づくものであるから、立法上、厳密に実現されなければならない。仮に選挙区ごとに若干の偏差が生ずるのはやむをえないとしても、その偏差は、いかなる理由によろうともこの平等の原則を踏みはずしてはならず、また、その偏差は常に一般的合理性の範囲内にとどまらねばならないのである。

この点につき、右最高裁判決は、投票価値の平等が「一般に合理性を有するものとは到底考えられない程度」の偏差を生じている場合には憲法に違反すると判示するのみで、具体的な数値を示していないかにみえる。しかし、同判決は「特定の範疇の選挙人に複数の投票権を与え」るような「殊更に実質的価値を不平等にする選挙制度がこれ(憲法)に違反することは明らか」であることも判示している。この趣旨は、結局のところ、選挙区間での投票価値が二対一以上の偏差があることをもつて、選挙の平等を害するとしているものといわなければならない。なぜなら、議員一人当たり人口数最低の選挙区の投票価値が、同人口数最高の選挙区の投票価値の二倍を超えることは、これを「或る選挙区に居住する」という「特定の範疇」の選挙人に、複数の選挙権を与えることと結果において全く同一のことといわなければならないからである。具体的に言えば投票価値の全国平均を一〇〇とした場合上下各三分の一のうち、つまり一三三から六六まで(丁度二対一になる)の間に全ての選挙区をおさめることが、憲法上要請されているといわねばならない。

(二)  第三四回衆議院議員選挙において適用されようとしている現行公職選挙法(以下「法」という。)別表第一、附則第二項、第七項ないし第一一項は、右憲法上の要請を充していない。右別表第一は、第一に選挙区間に大きな偏差を生じていること、第二に右の偏差が昭和五〇年法律第六三号による改正時点ですでに明白であつたことの二点によつて、違憲性を免れえない。

第一に、法別表第一による選挙区間の具体的偏差について各選挙区の人口数を昭和五〇年一〇月一日施行の国勢調査結果に比較してみると、次のようになる。

1 議員一人当たり人口の最高選挙区と最低選挙区の人口比及び全国平均人口での一票のもつ偏差値を表示すると、表Iのとおりとなる。ここでは、投票価値に一対三・七一の格差が生じている。神奈川三区も一対三・六三の格差をもつて票値を低く定められている。

2 法別表第一による選挙において当該選挙区における一票の価値が理論上適正な一票の価値の上下三分の一の枠外にはみ出す選挙区の数は四二区に達し、そこから同時に選出される議員数は一五一名(全議員数の二九・五パーセント)そこに属する人口は約三九、二五三、〇〇〇人(全人口の三五・一パーセント)に達している。このように枠外にはみ出す議員数や人口の比が高いことは投票価値の不平等が極めて広範囲にわたつて存在することの証左である。

3 法別表第一による選挙において過半数を選出するに要する最少の選挙人数の全国百分率は三八・七パーセントである。これは要するに、三八・七パーセントの得票で過半数議席を占有しうる制度となつているのであつて、代表民主制の原理に反している。

4 法別表第一を神奈川三区を基準としてみた場合、神奈川三区より人口数が少数であるにもかかわらず議員定数が多いという逆転区は、全国一三〇の選挙区のうち、六五選挙区、すなわち五〇パーセントも存する。同じ神奈川県内でも、同一区は、三区よりも人口数が少ないにもかかわらず議員定数は四人であるし、さらに極端な例も存する。表IIで示す通りである。これは一面では投票価値の平等の問題であると同時に、前記最高裁判決の言うところの「殊更に投票の実質的価値を不平等とする選挙制度」であるというべきであつてその違憲性は明白であるといわなければならない。

第二に、法別表第一が昭和五〇年法律第六三号によつて改正されたものであることは前述のとおりである。しかし、右改正当時でさえ、選挙区間の票値の格差を一対三以内に押えるという政府方針のもとで、現実には一対二・九二とされたのであるが、この一対三といを数値は何らの合理的根拠もなく設定されたものであり、現実の一対二・九二という数値自体、憲法に反するものといわなければならない。

前記最高裁判決は、「一般に制定当時憲法に適合していた法律が、その後における事情の変化により、その合憲性の要件を欠くに至つたときは、原則として憲法違反の瑕疵を帯びることになるというべきであるが、右の要件の欠如が漸次的な事情の変化によるものである場合には、---中略---合理的期間内における是非が憲法上要求されていると考えられるのに、それが行なわれない場合に憲法違反と断ぜられるべきもの」と判示している。しかし、法別表第一は、改正当時すでに、憲法違反の瑕疵を有していたものというべきであるから「合理的期間内における是正」はもともと問題たりえない。

仮に昭和五〇年法律第六三号の改正になお合憲性を認めるとしても法別表第一の末尾に「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする」とされているのにもかかわらず昭和二五年施行以来二回しか改正されていないという事実を合わせ考えるならば、前記最高裁判決を受けて、昭和五〇年度国勢調査の結果が判明した時点で速やかに、再度改正すべきだつたのであり、この改正がなされなかつたことによつて、現時点における法別表第一の違憲性はより明白になつたといわざるをえない。

四(一)  前記最高裁判決は、昭和三九年法律第一三二号による法一部改正に係る議員定数配分規定を違憲であると認定したうえ、しかし右規定に基づいて行われた昭和四七年一二月一〇日に行われた衆議院議員選挙は違法ではあるが無効ではないと判示した。右判決は、従来の判例を憲法の原則に忠実な方向に一歩踏み出したものとして高く評価されているが、しかし、国民の平等選挙権の保障としては充分なものではない。なぜなら、右選挙が国民の基本的人権を侵害して行われたことを認めながら、具体的権利救済は少なくとも判決の上では考慮されていないからである。右判決が、右のような完全な権利救済をなしえなかつたことは理由のない訳ではない。

それは右判決の基礎となつた訴訟が、すでに行われた選挙について第二〇四条の選挙訴訟によつて、その効力を争う形態をとつていたこと、右判決時は、すでに選挙後三年余を経過し、右選挙によつて選出された衆議院議員によつて数多くの国政がすでに実施されていたこと等から、右判決が行政事件訴訟法第三一条第一項前段の規定を適用したことは一定の合理性が存するともいえるからである。

(二)  しかし右判決からこの種の訴訟においては、原告が常に具体的な選挙の施行をまつてその結果の違憲、違法を争うほか途がないとすれば、平等選挙権の保障は、抽象的、理論的な保障にとどまり、現実的保障は存しないことになる。真の意味で選挙権の平等の保障が意味を持つためには、選挙権の平等が保障された選挙が現実に実現することであり、その当然の前提として憲法の容認しえない不平等選挙が現実に施行されようとする時には、選挙権の具体的権利侵害が明白かつ現実の危険のある状況にあるものというべきであり、かかる場合には違法な定数配分規定による権利侵害を未然に防止しうべき権利が選挙人となるべき有権者には存するものというべきであるから、その救済を裁判所に求めることができるものといわなければならない。

(三)  そして現在の衆議院議員は、昭和四七年一二月一〇日施行された第三三回衆議院議員選挙で選挙されたものであるが、憲法第四五条により、その任期は四年とされているから、昭和五一年一二月九日で任期満了となる。よつて法第三一条第一項により原則として右任期満了以前三〇日以内に総選挙が行われることになる。また、右任期満了以前に衆議院が解散されたときは、同条第三項により、解散の日から四〇日以内に総選挙が行われることになる。

しかるに、昭和五一年四月三〇日参議院予算委員会において、内閣総理大臣三木武夫は、法の改正の意思のないことを明確に答弁しており、右総選挙は法別表第一、附則第二項、第七項ないし第一一項によつて施行されることが明白である。故に前述のとおり原告らの平等選挙権の侵害は明白かつ現実の危険のあるものである。そして原告らの権利救済のためには、違法な選挙の施行それ自体を差し止める以外に他に適当な救済方法は存しない。

五  ところで、行政庁の義務(作為、不作為)が一義的に裁量の余地のないほど明瞭であつて、裁判所の判断に適する事項であること、すなわち、行政庁の第一次判断権を留保する必要がなく、個人が極めて大きい損害を被り又は被る危険が切迫しており、他に救済方法がないとき、無名抗告訴訟の一つとして予防的不作為訴訟が許容されるものと解されているところ、本訴は右に述べたとおりいずれも右の要件を充足するから、原告らは、被告の第三四回衆議院議員選挙の施行を差し止めるべく行政事件訴訟法による予防的不作為命令判決を求める抗告訴訟を提起するものである。

第三被告の本案前の申立ての理由

一  原告らが本訴請求を抗告訴訟と称しているところからすれば、原告らは一部の学説によつて無名抗告訴訟の一類型とされている不作為の義務づけ訴訟(予防的差止訴訟)として本件訴えを提起したものと考えられる。

ところで、抗告訴訟は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為を対象とするものであつて、このことは事後的な救済を求める訴訟形態をとる場合であつても、また、事前の予防的な救済を求める訴訟形態をとる場合であつても異なるところはない。

しかるに、原告らが本件訴えにおいて差止めを請求している総選挙の施行は抗告訴訟の対象となる行政庁の処分又は公権力の行使に当たる行為のいずれにも該当しないものである。

すなわち、原告らは内閣を被告として総選挙の施行の差止めを請求しているのであるが、原告らが選挙手続を構成する具体的執行行為を行う権限を有する行政庁を被告として右具体的執行行為の差止めを請求しないで(ただし、そのような差止め請求も許されないことについては後述するとおりである。)、殊更に内閣を被告として総選挙の施行の差止めを請求しているところからすれば、右総選挙の施行とは具体的な選挙の執行行為から離れたより包括的な総選挙の施行を指称しているものと考えざるを得ない。

しかしながら、衆議院議員の総選挙は、憲法上一定の要件が充足された場合に憲法上の法律効果として当然に施行されるものであつて、そこには行政庁の判断行為が介入する余地はないのである。すなわち、憲法第四五条に定める衆議院議員の任期が終了したときは当然に総選挙が施行されるのであり(法第三一条第一項、第二項参照)、また、憲法第五四条第一項により衆議院が解散されたときは解散の日から四〇日以内に総選挙が施行されるのであつて、いかなる行政庁も総選挙を施行するべきであるか否かについて決定権を有しないのである。

したがつて、かかる総選挙の施行が抗告訴訟の対象となる行政庁の処分又は公権力の行使に当たる行為に該当しないことは明らかであるから、右総選挙の施行の差止めを求める原告らの本件訴えは不適法である。

二  仮に、原告らが差止めを求めている総選挙の施行が、公示に始まつて当選人の決定の告示に至る一連の手続からなる選挙の執行行為を指称しているものとすれば、このような選挙に関する不服の訴訟は民衆訴訟である法第二〇四条の定める選挙の効力に関する訴訟によるべきであり、右訴訟を離れて他に選挙に関して訴訟を提起する途は現行制度上認められていないのである(行政事件訴訟法第四二条)。

このことは、選挙によつて権利又は法律上保護された利益を侵害されたと主張する者についても同様であつて、公職選挙法はそのような者についても、民衆訴訟である選挙の効力に関する訴訟を提起すべきものとしているのであつて、右訴訟によらないで独立に抗告訴訟を提起することはこれを認めない趣旨であると解されるのである。

したがつて、選挙の執行について、抗告訴訟としての事前の差止め請求が許されないことはいうまでもないところであつて、この点からしても原告らの本件訴えは不適法である。

第四証拠関係<省略>

理由

一  原告らの本訴請求は、法別表第一、附則第二項、第七項ないし第一一項が違憲であることを理由とし、原告らが神奈川三区の選挙人たる資格に基づき、第三四回衆議院議員総選挙の施行の差止めを求めるのであるが、これは原告らが選挙の適正を期するため選挙人たる資格というまさに原告らの個人的な法律上の利益にかかわらない資格で訴えを提起するものであつて、本訴は、当事者間に具体的な権利義務その他法律関係についての争いがあり、個人の権利を保護するための訴訟ではないから、行政事件訴訟法第五条に定める民衆訴訟に該当するというべきである。

したがつて、かかる訴訟は、法律に特別の規定がないかぎり提起することは許されないものであるところ(行政事件訴訟法第四二条)、本訴が法第二〇四条に基づく訴えでないことは、その主張から明らかであり、右訴訟以外に選挙人たる資格において衆議院議員の選挙に関して訴訟を提起する途は現行制度上認められていない。

二  原告らは、本訴は無名抗告訴訟として許されると主張するけれども、本訴が民衆訴訟に該当することは前示のとおりであるから、抗告訴訟には当たらない。

三  よつて本件訴えは、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 寺西賢二 山崎敏充)

表I

選挙区

定数

人口

議員一人当たり人口

票値

全国

五一一

一一一、九三六、八九四

二一九、〇五四

一〇〇

兵庫五区

三三二、二四九

一一〇、七四九

一九七・八

千葉四区

一、二三五、五〇六

四一一、八三五

五三・二

神奈川三区

一、二〇七、一九六

四〇二、三九八

五四・四

表II

選挙区

定数

人口

議員一人当たり人口

神奈川三区

一、二〇七、一九六

四〇二、三九八

神奈川一区

一、一六八、二六三

二九二、〇六五

千葉三区

六二六、三五三

一二五、二七〇

新潟三区

七五〇、六九九

一五〇、一三九

山形三区

五四一、一二三

一三五、二八〇

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